というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。
3 ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。それは、
わたしが怒って、彼らをわたしの安息に、はいらせることはしないと、
誓ったように

と言われているとおりである。

みわざは世の初めから、もう終わっているのです

4
すなわち、聖書のある箇所で、七日目のことについて、「神は、七日目にすべてのわざをやめて休まれた」と言われており、
5 またここで、「彼らをわたしの安息に、はいらせることはしない」と言われている。
6 そこで、その安息にはいる機会が、人々になお残されているのであり、しかも、初めに福音を伝えられた人々は、不従順のゆえに、はいることをしなかったのであるから、
7 神は、あらためて、ある日を「きょう」として定め、長く時がたってから、先に引用したとおり、
きょう、み声を聞いたなら、あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」

ダビデをとおして言われたのである。