山下良道先生の批判に応える(一法庵鼎談・資料)
ニー仏
2015年5月27日 10:10
https://note.com/neetbuddhist/n/nfa09cfd806ae
・・・・・
彼らが「シンキング・マインドで瞑想をやっている」
などということはあり得ませんし、
「シンキング・マインドで気づきの瞑想をやっても駄目」
という程度のことであれば、卓越した瞑想者なら誰でもが知っており、
指導もしている基本中の基本に属する理解です。
・・・・・
「瞑想における主体の問題」が、テーラワーダ仏教において
閑却されているということは全くありません。
「テーラワーダ仏教ではその問題について考えられていない」
というのは、単に山下先生が、そうした基本的なことを、
ご存知ないというだけのことです。
・・・・・
私自身は仏教であれば禅の教え、それ以外も含めて
考えるのであれば(禅と朱子学を踏まえた上での)陽明学に、
最も思想的な親和性を感じています。
・・・・・
和辻哲郎という人は、
パーリ経典へのひどい誤読を積み重ねた上で、
「ゴータマ・ブッダは(和辻と同様に)輪廻転生を説かなかった。
それが仏教の本来的な立場のはずだ」という論陣を張った。
経典を素直に読めば、仏教はいわゆる「初期経典」から
一貫して輪廻転生を説く立場を維持しているわけですから、
つまり和辻は
「仏弟子たちは、ゴータマ・ブッダのほとんど直弟子くらいの世代から、
ずっと彼の教えを誤解してきた。
しかし、二千五百年後の日本に生きている私だけは、
ゴータマ・ブッダの『真意』を知ることができたのである」
という主張をしているわけです。
そんなバカバカしいことはあり得ないと私は思うのですが、
まあこういうのが「はずだ論」です。
・・・・・