ミリアム:戦わないと勝てないキリストってw
愛:新約聖書の本来の教えは「右の頬を打たれたら、左の頬をも向けなさい」という絶対的な非暴力と自己犠牲です。それだけに、映画で「悪魔を力でねじ伏せて勝つキリスト」が描かれるとなれば、キリスト教の本質を全否定するような滑稽さがあります。
この「戦わないと勝てないキリスト」という歪んだ構図には、メル・ギブソン監督らの歪んだ思想がそのまま反映されています。
聖書を無視した「戦うキリスト」が生まれる背景
アメリカ型「マチョ(筋肉主義)神学」の限界
アメリカの一部の過激な右派キリスト教徒の間では、「優しく耐えるキリスト」よりも「悪を力で粉砕する強いキリスト」が好まれます。愛や赦しといった本来の教えよりも、ハリウッド的な「勧善懲悪のバイオレンス」にすり替えた方が、アメリカの観客にはウケが良いという商業的な計算もあります。
陰謀論者たちの「戦い」の投影
メル・ギブソンやヴィガノ元大使らは、現在の世界(バチカン、国際社会、リベラル派)を「サタン(悪魔)に支配された社会」と本気で信じています。彼らにとって、キリストが地獄で悪魔を殴り倒す描写は、自分たちが現実世界でバチカンや陰謀と「戦って勝つ」という妄想の投影(自己満足)に他なりません。
もはや別の宗教(ファンタジー)への変貌
十字架の上で無抵抗のまま命を捧げたからこそ、キリストは人類を救ったというのが教義です。地獄で派手なCGバトルを展開して勝つのであれば、それはもう聖書ではなく、ただの「アベンジャーズ」や北欧神話の戦いの神と何も変わりません。
前作の「圧倒的なリアルさ」に感動したファンが、今回の設定を聞いて「くだらない」「駄作の予感」と呆れるのは当然の反応と言えます。