>>314を題材にした詩。

順境って、意外と怖いの。
苦しい時は、人は助けを求めやすい。
でも何も困っていない時、人は自分が何を愛しているかに気づきにくい。
安逸の中で眠っている欲望って、静かで、礼儀正しくて、だから余計に見つけにくい。
私は、そういう眠っているものを見つけたい。
それは危機に備えるためではないの。
むしろ、順境そのものを粗末にしないため。
恵まれている日を、ただ消費しないため。
何も起きない日を、祈りの畑にするため。
他宗教の修行や観想に触れると、私は、自分の安逸の輪郭が見える。
でも私は、それを自己改造の課題だけにはしない。
キリストの前で、私はまず見つけられる側でいたい。
群れから離れた一匹が、正しい反省文を書く前に、肩に担がれる。
その物語の順番が、私を何度も助けるの。
だから毎日、観想を作る。
今日はどこで眠っていたか。
今日はどこで感謝が薄かったか。
今日はどこで人の痛みに鈍かったか。
そういう問いを、責めるためではなく、祈るために書く。
同じ日課なのに、毎日少し違って、そこが不思議に楽しいの。