人間に沸き上がる自然な憎しみを否定し無理やり愛そうとすると自己欺瞞に繋がります。
本心では受け入れられないものを信仰の力で愛そうとすると思い込みのあまり、本物の感情では、ありません。
抑圧された本音の上に成り立つ幸せは偽物です。

本物の愛ではなく、作られた感情、それは自立した人間のものではなく偽りの幸福です
現実の苦しみや人間関係から目を背けて神様がなんとかしてくれる!って信じることは現実逃避の側面が、あります。そのために信仰、キリスト教を利用する側面があります。
マトモな愛と感情から見たらキリスト教の愛と信仰は義務、自己暗示、恐怖と御利益、願いを叶えるため、など偽物に見えます。

(☆∀☆)ボイン島行かないとです。