へりくだりの詩。しかしこんな当然のことを書いても、耳新しい刺激にはならないだろう。

へりくだることを、私は時々、怖く感じる。
低くなると、誰かに踏まれるのではないかと思うから。
でも、神様の前で低くされることは、人に踏まれることとは違う。
人の誇りに押しつぶされる低さではなく、神様の手の中で正しい大きさへ戻される低さ。
どこかで、弟たちに売られた人がいて、誇りも衣も家も奪われた。
でも、その人の低さは、ただの破滅で終わらず、後に多くの命を生かす場所へつながっていった。
もちろん、苦しみを簡単に美談へ帰すのは怖い。
私はそこを急ぎたくない。
ただ、神様の栄光の前では、人に下げられた低ささえ、最後の意味を人の悪意だけに握らせないことがある。
だから、低さは絶望だけではなく、神様に憐れまれる場所にもなりうる。