<あるいみでは、宗教を求めている人たちの幸せというのは、宗教観念と宗教的な陶酔の世界の中に苦しみを忘れたり、不幸だったり、悲しかったり、つまらない人生だったら因縁だと思うことで救われるわけだね。

自分の努力が足りなかっんだと思うと、過去がかえってこないから。因縁なんだと思うと救われるんだね、心が。その観念と陶酔の中に自分は幸せになっている。

しかし本音をいうと、そんな幸せなんてくそくらえ、だ。

目をさませ。宗教なんかなんだ、といいたいんだね。


それで終わっちゃうと、何を頼りにして生きていけばいいかわからない人がいるわけだから、宗教家でやろうと思ったらいっぱい観念をつくって、いっぱい陶酔して(させて)あげて、ふわっというふうにしてあげるほうが幸せだ。

しかし、幹部はそうあっちゃいかんね。
それがわかっていて、幸せをつくってあげなきゃいけないわけだ。上のレベルまでいったら、壁を払拭してこえなきゃいかんね。そうすると、幹部(は)・・・すばらしい人間、神に近い人間になれる。
全会員がなるのは無理だよね。>



そして、エジプト王朝のラムセス2世や、日本船舶振興会の笹川良一会長を例に挙げ、

<(彼らは)なんといわれても、絶対に傷なんかつかないね・・・そういう人間が世の中で勝っているでしょう。

中途半端な宗教や、抹香臭いやつはみんな負けているよ。いかに宗教というのは人間をこずるくして、ちっこくして、魅力のない人間にするかということです。絶対にセミナーでいっちゃいかんよ(笑い)>
と、口止めしている。