阿頼耶識 — すべてを蔵する流れ|唯識論
順序としては、善悪の行為が業として種子の形で蔵に残り(薫習)、
その種子が条件を得て次に発現するときの結果(異熟果)の性質
因の善悪と異なって

あらやしき といった種種の業理論形成に大きな影響を与えている。
異熟という作用、もしくは異熟のもととなる業を異熟因、
その結果を異熟果という。

「転識得智」とはどういう意味ですか?

異熟というのは、阿頼耶識(根源的と呼ばれる識知)のことであり、
あらゆる種子 (bīja) を内蔵している。
感触・注意・感受・想念・意志をつねに随伴する。
感受は不偏であり ...

『成唯識論』における三能変の名と能変二種の教説について

引業力は真異熟を引き,満業力は真異熟より生じたる
前六識の異熟生を引くというかたちにおいて
つながるものとされ,その真異熟と異熟生とを合わせて,異熟果

このことを異熟《いじゅく》と言います。
例えば、悪業を積み重ねて、その種子を阿頼耶識にたくわえても、
その後に善業を重ねて、その善業

『成業論』 §19aは,r心 」を 「異熟識」と限定し,
「種子(bija)」と「潜勢力 (vasana)」を加えて異熟因果を説明する.
様々な種子が内にあるその異熟識は,阿頼耶識を「異熟識」とも言われるそうです

異熟(いじゅく)とは、阿頼耶識の別の表現です。
阿頼耶識には、善業、悪業の沢山の「業種子(ごうしゅうじ)」が貯えられています。

自業智力(業異熟智力)とは「知実に業とその報との因果関係を知る力」である
七種として自業に属する智が示されている。 『喰伽論記』に註釈されている

異熟は善悪の業を因として感ぜられるもので、
その果は必ず無記に限るものである、という意味です。
原因が善の業で、善因でも、原因が悪の業で、悪因でも、
第8阿頼耶識に