>>443
動画内終盤33:55あたりからの締めのナレーションにチューモーク。
いい編集ですね。。この動画は。
四千年後の手のひら・・・・
つまり神々のイニシアチブから人間のイニシアチブへとシフト。
これこそ・・・マイニング。
掘るのか掘らないのか・・・経済と生活環境。
勝者はいるのかいないのか・・・
まあ、神々目線、で見るのなら確実にいる。
それが、俺様だ。
あとは、残存勢力の駆除。
つまり、人が死ねばこの物語は終わる・・・
それが神々の創造。
そして、次のフェーズへ移行。
これが後の世からのイニシエーション。
所詮、創造とは・・・絵の中で遊んでいただけだから。
つまり幻の中での永遠お暇つぶしという解釈に帰着できる。
これこそ、生きる哲学的な問いに関する明確な回答かと。
宗教哲学に対する渇望への答えはまさにこれで良いかと。
また、やりきっていない神々・天使達というのは他勢力に対する理不尽な扱いといじめによる
反撃と労働に対する対価ということに対する不満と暇つぶしと妬みがこの渇望へと掻き立てられる。
決して”愛”というつかみどころのない脆弱な概念や感情論ではなく、もっと具体的なものがこの創造
という世界にはあったということ。心のマイニング・・・・。
これこそが、永遠の暇つぶしであり、心の隙間を埋める唯一の方法かと。。
食い物なんか所詮”絵を食っている”にすぎず、捕食とは不満においての腹いせの渇望ということ。
そういった意味においても、この渇望を解消するにおいてやり残したことに対する不満の解消が
カルマの解消ということにつながる。
生きて許されるには一つだけ。。
実にここにも意味があり、自分がよしとしたものは俺様イニシアチブにおいての永遠の暇つぶしに
値するものとして永遠に生きるものとなるが、そうでないものという残念な存在もある。
その分別、その収穫時期に来ているのがこの終末期である。
新約聖書の言葉を借りるのなら・・・
良い麦と毒麦の選別。
もう方針は決めたから、あとはそれに向けて突き進むだけ。
ではごきげんよう。。