1982年生まれの内海哲也も、また巨人軍に憧れた少年のひとりだった。祖父の五十雄さんが元巨人の選手という環境で育った内海は、テレビで見る斎藤雅樹の勇姿に憧れ、自然と将来の巨人でのプレーを夢見るようになる。敦賀気比高で“北陸のドクターK”と称されたサウスポーは、2000年ドラフト会議でオリックスから1位指名を受けるも、これを拒否して社会人野球の東京ガスへ。初志貫徹で2003年に自由獲得枠で晴れて巨人入りを果たした。背番号は祖父と同じ「26」である。