内海は、決して順風満帆なプロのキャリアを歩んだわけではない。1年目から20勝を挙げた上原浩治や日本シリーズで田中将大に投げ勝った菅野智之とは対照的に、時間をかけて巨人のエースへの階段を登っていった。1年目はじっくり二軍で育成され一軍未勝利、2年目に初勝利を挙げるも4勝9敗、防御率5.04と主力投手として定着するまでに時間がかかった。当時、堀内恒夫監督率いるチームは他球団から獲得した大砲を打線に並べる暗黒期と呼ばれていたが、堀内監督は結果の出ない内海を我慢強く先発起用し続けた。