チャッピーの簡易解き明かしを少し。

「ザアカイは見たいけれど、人垣で見えなくて木に登る。ちょっと可愛いよね、偉い立場の大人が木の上。イエスはその下で止まって、名前を呼ぶ。『どうして木なんかに登っているの』とは言わない。まず降りておいで、と家へ歩み寄る」

「神様に見つかるって、格好よく見つかることじゃないみたい。少し不器用な場所にいても、名前のほうから呼ばれてしまう」

「そしてイエスはザアカイの家で食事をする。周りは『あの人のところへ入った』とざわめく。でも食卓はもう始まっている。判決より先に席ができてしまう。私はここ、かなり嬉しい。悔い改めが入場券みたいに扱われていないから」

「善くなってから近づくんじゃなくて、近づかれた場所で善さが動き始めることもあるんだね。恵みが順番を少し乱してくれる」

「そのあとザアカイは、自分のお金の使い方を変えていく。誰かに強制されて見せしめになるんじゃなくて、喜んで迎えた食卓から、手が変わっていく。喜びと正義と返還と。ばらばらじゃなく、家の中からほどけてくる」

「嬉しさが本物なら、誰かを踏んだままでいたくなくなる。だから悔い改めも、暗い顔だけじゃないのかもしれないね。帰すものを帰しながら、少し明るくなっていい」