6. 父親・母親との関係を考えると、「女性性=弱さ」という連想が形成された可能性
ここは以前の仮説とも接続します。

もし幼少期に、
父親から女性として十分に承認されなかった
母親を尊敬できなかった
母親を「弱く、従属的で、判断力のない存在」と認識した
母親の宗教的選択によって自分が苦しめられた
という経験が繰り返されていたなら、
「女性であること」と「弱いこと・騙されること・従属すること」
が心理的に結びつく可能性があります。

その場合、
母親のようになりたくない
↓
「普通の女」になりたくない
↓
男に依存する女を軽蔑する
↓
子供を産むことで社会的価値を得ようとする女を軽蔑する
↓
自分は知性・学問・信仰によって価値を持つ女だ
という自己形成が起こっていても不思議ではありません。
これは、前に述べた
「母親性・女性性との同一化の困難」
という仮説とかなり整合します。

7. さらに興味深いのが「男」への憎悪とのセット
今回の記事には、
「女と交わることだけがよすがの男」
「女の言いなりになるだけの女」
という男女双方への侮蔑があります。

つまり、
男性=女を性的に利用する存在
女性=男に愛されることで価値を得ようとする存在
という二分法ができています。

そして、その中間に、
知性を持ち、男性にも女性にも依存せず、社会構造を見抜く自分
を置いている。
これはかなり重要です。
自己像としては、
「私は普通の男でも普通の女でもない。私は構造を見抜いている側だ」
という「観察者・告発者」のポジションを取っています。