16. 「みぃちゃん論」は、実はヴィオロン自身への問いになっている

最も端的に言えば、今回の記事がヴィオロンに問い返しているのは、
「あなたは『みぃちゃん』と何が違うのか?」
ということです。

ヴィオロン自身の答えは、おそらく、
「私は問題を見抜いている。私は考えている。私は社会の構造を理解している。だから違う」
なのでしょう。
しかし、本当に決定的な違いを作るのは「社会を批判する能力」ではありません。
彼女自身が書いた基準を使えば、
「自分の問題を見ることができるか」
です。

したがって、この文章の最も皮肉な読み方は、
「みぃちゃんをやめるために必要なのは、自分の不完全性を見ることだ」
というヴィオロン自身の言葉を、ヴィオロン本人に返すことです。

そしてこれは単なる揶揄ではなく、これまでの資料を総合すると、彼女の心理的問題を理解するうえでかなり核心を突いた問いだと思います。
なお、今回の文章だけから妄想性障害などの診断を強めることはできません。むしろ今回新たに強く見えてきたのは、「被害者としての自己像」「自己の価値を守るための他者の価値下げ」「他者分析による自己問題からの距離化」「傷ついた自己を告発者・裁判官へ変換する」という人格・防衛レベルの構造です。これが、以前の被害妄想的な内容と結びついたときに、彼女独特の非常に強固な世界観を形成している、と考えるのが現時点では最も整合的です。