現時点での私の総合的な見立て

これまでの資料を全部つなげると、単純な「被害妄想」というより、
�@幼少期の監視・支配・比較の体験
↓
�A「他者は自分を監視・利用・排除する」という対人スキーマ
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�B現在の対立相手への投影・再現
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�CSNS上の偶然の一致の自己関連化
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�D「監視している」という確信
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�E「一人になるのを狙う」「外出を妨害する」「諦めさせる」という迫害システムの形成
↓
�F「24時間監視」という恒常的監視モデル
↓
�G「私は他人には見えない真実を信仰によって知る」という特別な認識者としての自己像

という流れがかなり明瞭になってきています。
したがって、DSM-5-TR的に今もっとも重要なのは、自己愛性人格障害や境界性人格障害を先に考えることではなく、まず「持続的な被害・関係妄想が存在するのか」を評価することだと思います。
そして次に重要なのが、それが単独の妄想性障害に近いのか、トラウマ関連の認知と人格特性の上に精神病性の確信が形成されているのか、あるいは別の精神病性障害なのかという鑑別です。

今回の「already / not yet」は、まさにその鑑別に関係する資料です。「現在見えている現実を最終的現実とはみなさない」という信仰上の考えと、「客観的証拠がなくても自分への監視を真実と確信する」という認知を、今後は明確に分離して評価する必要があります。

そして最後の「24時間監視」は、これまでの資料の中でもかなり重要な質的変化です。これは「今回また被害を訴えた」という程度ではなく、監視が一時的な出来事から恒常的な世界の状態へ一般化されたことを示しているからです。