1.被害妄想と誇大妄想

しかし、DSM-5-TRの観点から今回の資料を追加すると、以前よりも明確に、
被害的・関係的な認知
と
誇大的・使命的な自己認識
が結びついているように見えます。

2.不確実な自己像を支えるヴィオロン教の「神」論

ここが前回の質問との接続です。
彼女は、
「指導者に頼らず、完全な主権を取り戻す」
と言います。

しかし同時に、
「神に頼って生きる」
と言います。
すると一見矛盾します。
「誰にも従わない完全な主権」
と
「神に従う」
はどう両立するのか。

彼女の場合、その答えが、
「私が信じる神は、私の主権を奪わない。むしろ私の主権を回復させる」
になっているように見えます。

つまり「神」は、
主権を奪う超越者
ではなく、
私の主権を保証する超越的後ろ盾
になっている。

これなら、
「神だけを信じる」
と
「完全な自己主権」
が両立します。

そして、これこそが前回述べた、
「神が自己を吟味する存在ではなく、自己の正しさを保証する存在になる危険」
につながります。