そもそも何故創造されたにすぎない霊が不死であると考えるのか?

創造されたものであるなら変化を受けざるを得ず、それには必ず終わりを伴う

イエスは「霊」と「ダビデの子」二つの実態を持ち、それが死海文書によって

「モーセとアロンのメシア」として表される

一方は人間、一方はその人間のうちに入った聖霊であり天使、メルキゼデク

このうち人間の方がイサクの代替の犠牲を型として屠られた

だからこそ詩篇21には「王の命乞い」があり、その結果として「永遠の日々」が書かれる

この神学は今現在では「分離キリスト論」として知られるが、ここ最近まで名前がつけられることはなかった

エビオン福音を読めばユダヤ人がこの論で考えていたのがわかるしイザヤ9はほぼそれでしか読み取れない