真の ← 基準となるのものがありそうだ、ということなら、相対論は光が唯一の基準となってる

距離や時間といった物理量が信頼できないなら何を信頼するか、あらふしぎ、なぜかわからないけど光速度は一定に見えるのでこれを基準にすれば、理由はわからんけど計算はできそうだ、で、その計算方法をまとめたのが相対論

相対論は間違ってないにしろ、本質とは何か違うんじゃないか、
それは、たぶん誰もが感じでいる違和感ですね