>>787

> 「時空が歪んでいる」を物理的に言えば「重力場が観測される」と「光が曲がる」と「時間の遅れが大きくなる」
> などは大体同じ意味になる。

それはお前の思い込み。

 「重力場が観測される」「光が曲がる」「時間の遅れが大きくなる」

すべて時空の歪みではなく単なる座標変換による効果。


> 慣性系に対し等加速度直線運動してる座標系ではそれらが観測される。しかし、
> 慣性系からの観測ではそれらは観測されないから、見かけの「時空が歪んでいる」
> と言える。 慣性力を見かけの力と呼ぶのと似ている

それを「時空が歪んでいる」とは言わない。「見かけの時空の歪み」なんて言葉は一般相対性理論に一切出てこない。

> 一般相対性理論の等価原理とは、見かけの「時空が歪んでいる」、真の「時空が歪んでいる」
> どちらでも「局所的に時空の歪をゼロにできる」という意味になるのだよ。

時空の歪みというのはリーマンテンソルという量で表される。リーマンテンソルが 0 (すべての成分が0) のとき時空は平坦
で、0でない(0でない成分がある)とき時空は歪んでいる。

テンソルで表される量は、ある座標系で 0 ならどんな座標系でも 0 だし、0でないならどんな座標系でも 0 にはならない。
つまり、

 「座標変換で時空の歪みを局所的に 0 にする」

なんてことはできないのだよ。だから「時空の歪み」は座標系に依らない概念だと何度も言っているのに。

> つまり、ニュートン力学の慣性力と一般相対論の等価原理の比較の話であるのに
> お前は、「見かけ」と「真の」重力場の話にすり替えてレスを続けてるだけだ。

「見かけの時空の歪み」なんていう架空の概念をでっち上げて話をすり替えているのはお前。