究極の存在は抽象的なものにならざるをえない。
実態を与えたら、その由来や部分の構成を問われてしまう。
「究極の存在に定義を与えたら、それ以上の詮索は受け入れない。
答えないし、答えられない」というのがルールだ。

しかし、このやり方は良い戦略とは言えない。
これ以上の質問は出さなくても良いような定義が求められる。