おちんちんのない女の子、これはあたりまえのことだ。
おちんちんがあったら女の子ではない。
定義上、矛盾する。
女の子の定義は形式的にはこうだ。
女の子とは、男の子でない人。
しかし、男の子の定義がないと、この定義は意味をなさない。
そこで、男の子を定義する。
男の子とは、おちんちんのある人。
これではじめて
女の子にはおちんちんはない。
が導かれる。
5ちゃんの特徴は、このような徹底した論理の道筋を示さない、または
示す能力、気力、あるいは人格の欠けた人物で占められているということ。
だから、いきなり女の子の定義をこうやる。
女の子とは、おちんちんのない人。
これでは形式上成り立つとしても、理解したことになはらない。
なぜなら男の定義から女の定義が定まるからだ。
おちんちんは男の子の本質である。
だが、思い込みは間違いのもとである。
現実はそれほど単純ではないからである。
現実には半陰陽という異常があるからで、中途半端なおちんちんちんと
マソコのある人が実在する。
さらに、精神面から男の子・女の子を記述する必要もある。
異常を許容しようという、社会の動きもあるが、これは寛容性も認めようという
ことなので一見、よさそうだが、賛成できない。
そこには、正常と異常の感覚は必要だからで、倫理以前にある自然の秩序を無視
しては成り立たないものだからである。それをキリスト教・ユダヤ教は賢明にも
教えている。人間のあさはかな倫理は神の真理にはかなわないのである。
オカマは気持ち悪いという直感的感覚は生まれつきのもで、それは正しい。
ソドミーとはホモセクシュアルを意味するが、創世記にある神によって滅ぼされた
都市のソドムとゴモラに由来する。