「学問の目的はただ文字を識り、博学になるためのものではなく、本性に達し、道義をおさめ、礼義を知り、状況の変化をわきまえ、過去を知り未来に活用するためのものである」という意味の一文を掲げているが、そこからも天皇の持っていた学問に対する考え方がよく見て取れる。逆に、博学だけを吹聴したり、風月文章をもって旨とすることを「学者之弊」として戒める記述が『花園天皇日記』には散見する。