ああいう馬鹿低脳が反面教師として、その醜態を目の前で晒してくれた。
だから京都の先生の偉大さが身に染みて良く理解出来たし、またパリの
親方が如何に物凄いかもよく納得出来た。

そういう意味では、あの馬鹿男こそがこの私の存在そのものを支えてい
るとは言えるだろう。さもなくば、この二人の恩師達がどれだけ抜きん
出ているのかは、この私みたいな凡俗には理解が出来なかったかも知れ
ない。

だから「馬鹿を仔細に分析する事」は非常に有益ですらある。