>>535 つづき

4.>>532"「勝つ戦略はあるでしょうか?」と箱それぞれに実数を入れた人に質問されているわけだが
 最初の問題設定に決定番号が現実離れしたとてつもない大きさになる条件が含まれているから
 決定番号が非常に大きくなる戦略があると答えることは問いに対する答えとして間違っていない"

  間違っているよ。>>528に「オセロで10の58乗、チェスで10の123乗、将棋で10の226乗・・囲碁では10の400乗」とあるだろ?
  これで言えば、「囲碁で10の400乗を分類して必勝法を答えよ」に対して、「はい、オセロで10の58乗で可能です」と回答する。が、それ別のゲームだよな
  (でも、選択公理の前では、10の400乗も、10の58乗も同じなんだね。「囲碁の必勝法? はい、選択公理を使えば、それは可能です」と
  しかし、「囲碁の必勝法? はい、選択公理を使えば、それは可能です」に、現実の社会で納得する人はいないだろう。何も言っていないのと同じだから)

5.>>532”選択公理による代表元の決定は「無限を直接扱う」ことよりは弱い”

  これは数学的な陳述なのか? あるいは哲学か? 文学か?
  いや、もちろん、私の”こちらの方法こそ、無限を直接扱うってことだろうよ”の陳述も同様かも知れない
  が、少なくとも、私が無限を扱うとすれば、手慣れた選択公理を使うだろう
  それ以外を知らないから。そして、上記4のように、選択公理は明らかに無限を扱う手段だよ

6.まあ、私の結論は、問題Aに対して、時枝解法は、トリックを使って、うまく問題をすり替えているってこと
  だから、時枝解法が成り立ったとしても、問題Aが解けたことにはならない
  >>176「もうちょっと面白いのは,独立性に関する反省だと思う」は、失当だろう。問題Aは解けてない。問題をすり替えているから