>>42 つづき

追記
次のコメントがあったので追記しておく.
(抜粋)
【◯◯予想 と◯◯予想の強弱関係】その分野で一つの予想が解けない時に研究過程から派生したのか色んな予想が立ち上げられ此方の予想から此方の予想が出る、とか逆も これだけ仮定すれば出るとか予想間の主張としての強弱についてのステートメントが出回る。暫くして大本の予想が解けると芋蔓式に発展
? 原子心母 (@atomotheart) 2015, 10月 30

証明知らない定理が使えない、は数学的な問題でなくて、潔癖性みたいな個人の体質の問題な気もしますが。 教員が学生に何で定理の証明知らないのに使おうとするな!と罪悪感を植え付ける様に指導してる光景は何度となく見ているのでそういう風潮のせいもあるかもしれない。これには一理あると思う 続
? 原子心母 (@atomotheart) 2015, 10月 30

続 もう少しマイルドに使ってる全ての定理の証明はおえなくても正しい事はものの本によって保障されてるけど自分は証明を知らない定理と何と何から何が証明されるのか?その論理関係ははっきりさせておこう!というアドバイスも聞いた事ある。
? 原子心母 (@atomotheart) 2015, 10月 30

それはどう いう状態を数学を理解したというのか?とも関係してる気がする。岩波の「数学の学び方」で小平先生がπの無理数性の初等的でロジックは簡単におえるけどか と言ってロジックをおっても何故πが無理数か?(無理数論のプロなら別かもしれないが)釈然としない証明を紹介しながら解説してる
? 原子心母 (@atomotheart) 2015, 10月 30

基本的には 証明には定理が成立する理由が書いてある筈なので証明をよく読む事が定理の成立理由を理解する道のようにも思えるけれど。証明を書いた人の直観と数学の ルール、文法に乗せる為に文章化したものの懸隔が甚だしいものもあって証明のロジックをおえたからといって何か感触がなかったり
? 原子心母 (@atomotheart) 2015, 10月 30
つづく