(前レスの続き)

[2]
>>450
> おそらく確率も関係ない。なぜなら、事前に代表系を定めておけば、プレーヤー2の番の前に部分数字列、同値類、決定番号、
> その他諸々定まっていて、確率は開けないで残す列を選ぶことのみに関わるからだ。

これについては少し議論させてほしい。
貴方が2行目で言う『確率』は、勝ち負けを決める『確率測度』のことではないと思うがどうだろうか?
『開けないで残す列を選ぶ』選び方に関わる『確率』とは、混合戦略の意味での"確率"ではないだろうか?

プレーヤー2は各列の同値類、決定番号を知らない。
勝ち負けはr_kに対応する決定番号d(r_k) (d:決定番号,r_k;k番目の無限列)の大小で決まる。
d(r_k)の確率分布が分かれば勝つ確率が計算できる。
しかし実際にはd(r_k)は規格化できず確率変数にはなり得ないと思う。
したがって確率空間を定義できず、測度の文脈では確率を考えることはできない、と私は思う。

全く違う問題だと突っ込まれるかもしれないが、
上記ページの下記コメントは、可算選択公理でパラドックスが生じる別の問題について、
その原因はパラドックスと感じる根本原因が『非可測であること』から
『規格化できないこと』にシフトしたためである、とコメントしている。
Terence Tao Says:
September 13, 2007 at 9:58 pm | Reply


以上の意見は、貴方の意見と対立するものではないと考えている。
パラドックスの源泉として貴方は『構成的でない』ことを挙げた。
私もそれには同意する。

一方、たとえ『構成的』を要件から外した場合でも、
依然としてこの問題は直感に反するように思う(そう思う人間がきっといる。私も含めて)。
その理由は、確率空間が定義できない対象に、確率的直感を当てはめてしまうからではないか?
確率的直感を当てはめれば、R^Nのinfinite hat problemにおいて、無限の人間が
非可算無限の色の中から、自分の帽子の色をただ1つ選び出せるとは考えづらいからである。