>>330 つづき

この意味で、一九二〇年代の証明論のテーマが、すでにここにある。現在の我々は公理論を数学の方法論として認識し、数学基礎論 の意味での数学の基礎付としての役割を期待することは少ないが一) ヒルベルトの公理論には、このように登場当初から基礎論的色彩が 種めて濃い。
そして、それが後にブルバキが「初期公理論の失敗」 として切って捨てたものだった。

(引用終り)
注:「極大元の存在を主張する、極めて無限的な冶」とは? 「シンククティカル」とは?