>>100
それは、出題側の勝手な都合であって、論理ではない。
教育関係者は、教える側試験する側の都合に合わせて
生徒側が空気を読むことを期待し過ぎで、そこが
自堕落でいけない−と言っている。

教科書にでていたことは解っていることが前提なら、
試験はしてみるまでもない。
解っているはず−ではなく
解っていることを示すためには、習った定理こそ
証明を添えなければ意味がないことになるが、
そんなことをしていたら、具体的な問題の答えに
たどり着くのは困難だろう。

または、大胆に、習ったことは解っている−と仮定
してしまうのなら、問題そのものを解いても0点、
間違えたらマイナス点で、習ってないことが書けたら
(前出のロピタルの証明のようなこと)そこに対して
はじめて加点するのでなければ、筋が通らない。