>>223
>しかし無限小数は頭の中でイメージすることもできないし、
>紙に書くこともできないのである。

紙に描くことはできないが、イメージは可能である。

「どこを見渡しても最後の桁が見つからない」

という脳内宣言のもとで得られる9の並びこそが、9が無限個並んだ状態の
脳内イメージであり、無限小数の対象としての存在である。
むろん、このイメージは、「全体を一気にくまなく見通す」という認識法によって
得られるイメージではない。現実世界の「宇宙」を望遠鏡で ちまちま 探索して回ることで
認識するのと同じ認識法で得られるイメージである。


>メタ男は無限小数を頭の中でイメージできる、
>完全な像を得ることができる、認識できる、

ほらね、ここでもお前は、「全体を一気にくまなく見通す」という認識法に
こだわっており、それ以外の認識法を無視している。お前が言っていることはつまり、

「無限小数の全体像を一気にくまなく見渡すことは不可能だ」

ということでしかない。しかし、そのことは無限小数の "存在" を否定する材料にはならない。
ここがお前の詭弁である。なぜなら、無限小数はそれ以外の認識法で認識可能だからである。
あるいは、お前にとっての「存在」の定義とは、

「全体を一気にくまなく見通せること」

なのかもしれない。もしそのような定義なのであれば、
お前が言うところの「無限小数は存在しない」とは、

「無限小数の全体像を一気にくまなく見渡すことは不可能だ」

という当たり前かつ下らない主張にすぎず、
いわゆる数学で言うところの「存在の否定」には全くなっていない。