過去スレで、「オッカムの剃刀」(下記)を紹介した(いつか探す手間省略)

「”数学的無限”の存在」という要素を導入することは、有限主義で「オッカムの剃刀」という視点からは、余計な要素の導入と映るかもしれない
が、実際は、「”数学的無限”の存在」という要素を導入した方が、数理の理論としては、すっきりする

そういうことは、”微分積分、微分方程式、複素関数論の留数定理、ラブラス変換、フーリエ変換など”を学んでみないと分からないだろうね(^^
だから、そういう人(文系)と「”数学的無限”の存在」を議論しても仕方がないように思う(^^

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%89%83%E5%88%80
抜粋
オッカムの剃刀(オッカムのかみそりr)とは、「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」とする指針

原文
必要が無いなら多くのものを定立してはならない。少数の論理でよい場合は多数の論理を定立してはならない。 オッカム

類似の表現
「自然物に関しては、事実で かつ充分な原因だけを認めるべきだ。同じ自然的影響については、できるかぎり、同じ原因を用いて説明すべきなのだ。」 アイザック・ニュートン

可能ならいつでも、知られていないエンティティを推定するかわりに、知られているエンティティでの構成を用いるべし。 バートランド・ラッセル

同様のデータを説明する仮説が二つある場合、より単純な方の仮説を選択せよ カール・セーガン


伊勢田哲治は次のように説明した[6]。例えば、等速直線運動に対する次のような説明があったとする。

外から力がかからない物体は、神が等速でまっすぐに動かし続けている。

この場合、「神が」という部分が説明に不要である、として切り落としてしまうのがオッカムの剃刀だとし、すると次のような説明が得られるとした。

外から力がかからない物体は、等速で直進する。

注意点
説明に不必要であることは、存在の否定ではない
オッカムの剃刀は単純化の手段に過ぎないのであって、説明に不要な存在を否定するものではない[7]。上述の例では、説明には不要な存在として「神」が切り落とされているが、これは「神が存在しない」ということを意味するものではない。