>>142
おっちゃんです。
>変数xについて「xをいくらでも大きく出来」ながら「xをが有限のまま大きくする」ということ
時枝問題から生じたこの問題について。
高校の段階で、変数xの値が一定の値aに限りなく近付くとき x→a と書くことは定義されている。
この定義を応用して、関数 f(x)=x において、変数xが+∞と異なる値を取りながら+∞に限りなく近付くとき、
f(x) つまり関数xの値が+∞に限りなく近付く場合、x→+∞ のとき f(x)→+∞、つまり x→+∞ のとき x→+∞
と書くことも定義されている。ここで1つの問題が生じる。xは独立変数と同時に従属変数でもあり、
x→+∞ のとき x→+∞ と書くことは循環論法になる。この書き方に意味を持たせるには単に x→+∞ と書くべきである。
x→+∞ と書いたということは、+∞を一定の値と見なしたことになる。しかし、+∞は値ではない。
従って、x→+∞ という書き方には意味がないことになる。x→+∞ という書き方には根本的な問題が生じていたことになる。
そのような記号の用い方をした数学的な書き方で書かれた文章を
素朴な国語で書き直した文章で議論をしても意味がないということになる。
時枝問題について、お前さんのような素朴な国語で書いた部分が多いような文章で議論をしても意味がないということだよ。

素朴な国語で議論するには、実は高校の段階で問題が生じていたことになる。
高校でそういう問題が生じているんだから、大学でもそういうことになるな。