看板に掲げてある内容と、その実際の中身が一致しないのは、この国ではよくある事
であり、要は『本音と建て前』という日本の悪習ですね。私が糞父に強制的に選択さ
せられたその学科はあの当時は「物性物理工学科という名前」でしたね。でもその数
年前には材料工学科というモノだったらしい。名前を変えた途端に競争率が上昇した
という話を聞きましたね。尤も初代教授には永宮健夫先生みたいな大物理論物理学者
も居られたし、また京大理学部から(温度グリーン函数で著名な)松原先生が着任な
さる筈だとも噂で聞いたが、その後はどうなった事やら。

合格者の偏差値だけで決まらないのは事実だが、でも概ねは『理学部に進学出来なか
った人達が諦めて…』という雰囲気が当時の基礎工学部には(何となくだが)あった
様な気がする。なのでこういう「看板の掛け変え」という考え方は良くないという印
象を私は個人的に持っています。

但し当時から(共通講座としてあった)数理教室には数理統計とかORには色んな人達
が居て、中でも福島正俊先生は世界に冠たる突出した数学者としての位置付けだった
と思いますね。だからその後の基礎工数理は確率論に関しては特に極めて重要な役割
があるのではないかという印象です。竹田さんとか会田さんとか日野さんとか、そう
いう私でさえ名前を知ってる優秀な数学者が輩出したのではないかと。



補足:当時の私は糞父の虐待の下にあり、それを函数解析の竹之内研に保護して戴き
ましたね。あの『特別の保護』がなければ、私はあのまま糞父に潰されてたと思う。