もうひとつ実例を挙げましょう。例えば:
★★★『この(物理、或いは社会)現象は「計算機でシュミレートできる」という場合。』★★★
ですが、これはまあ「そういうアルゴリズムが存在する」という意味では、まあそれな
りの『説明が存在する』とは言えるでしょう。実際にフラクタル関係の書籍を見れば、
こういう事で以て「何がしかが言えた」(まあ物理の人の言い方はコレに相当するか)
ですが、では『それで数学の厳密なモデルが出来上がった』と言っていいのか、という
問題ですよね。纏めれば:
1.そのモデルは「どういう意味で厳密」なのか。
2.そのモデルが「どういう意味で現実の記述になってる」のか。
という事です。(道具としての数理統計が「どういう意味でPlausibleか」という疑問
と基本的に同じではないかと思います。コッチ方面は私はド素人ですが。)

要は『説明とは何か?』という事柄ですが、例えば別の事例では:
★★★『Isingモデルでは「3次元では厳密解が存在しない」けど、でも計算機では扱える。』★★★
という事実があり、そしてご承知の通り「2次元(の特別な場合)では厳密解がある」
となり、でも『その函数解析は厳密なのか』みたいな問題です。

かつて三輪・神保・尾角と荒木・松井の違いは以前に私見として言いましたが。