>>260
¥さん、どうも。スレ主です。

> 1.中間子の湯川論文は「中間子をスカラー粒子とする」という意味で(計算の)誤り。

2中間子論でしたね。(この話も過去スレでしましたが(^^)ここだけ。他は、深入りすると、切りが無いので(^^
wikipediaで、坂田 昌一先生の名前が出ますね(^^
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E7%94%B0%E6%98%8C%E4%B8%80
坂田 昌一(さかた しょういち、1911年1月18日 - 1970年10月16日)は日本の物理学者。元名古屋大学教授。湯川秀樹、朝永振一郎とともに日本の素粒子物理学をリードした。
湯川の中間子論の第2から第4論文の共著者である。
1942年、井上健と共に核力の起源となる中間子と当時宇宙線中に発見された中間子との違いを説明するために、二中間子論を提唱した。これは1948年にπ中間子が発見されたことにより証明された。

http://www.jps.or.jp/books/50thkinen/50th_02/003.html http://www.jps.or.jp/books/50thkinen/index.html
50年をかえりみる 坂田学派と素粒子模型の進展 小川修三* 特集 日本物理学会50周年記念(第51巻, 1996)
(抜粋)
小林誠,益川敏英(1973,以下全て敬称略)による素粒子の3世代模型が提唱されてすでに23年が経過し,いまやその最後の粒子トップ(t-)クォークの実験的確認が注目を集めている.
坂田昌一が,第2世代のレプトンにあたるm中間子の存在を提唱した2中間子論を携えて名古屋大学に赴任したのはさらに31年を遡る.
この間の素粒子物理の発展は,もとより国際的協業により達成されたものではあるが,現在の標準模型に至る素粒子模型の発展のなかのいくつかの重要な貢献が,坂田の開いた一つの学派の中から得られたことは注目すべきことかも知れない.
坂田は研究を進めるにあたり,絶えずその方法論的検討の重要性を,とくに武谷三男の三段階論(われわれの認識は,現象論,実体論,本質論なる各段階を螺旋的に経過しながら深化する)を引用しながら強調していたことは,年配の研究者の記憶に多分留められていよう.
また本年はハドロン物理の進展に大きな転回を与えることとなった坂田模型公刊40周年にもあたり,上記の発展を坂田学派による貢献を中心に据えて,いささかの感慨をこめ筆者の見聞をとおして振り返ることにする.1)

つづく