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ヴェイユは「人生は数学ではない。常に妥協が必要だ」という
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新数学人集団(SSS)の時代 ノート42 「ヴェイユの印象」の続き 2017-02-14

ヴェイユは「人生は数学ではない。常に妥協が必要だ」という考えの人で、常識のある社会人だというのが谷山さんの所見です。
常識というのは、「現実を現実として認め、そのまま受け入れる妥協の精神」ですが、ヴェイユは妥協するときに黙っていることはないため、その叫びが誤解を招くのであろうというのでした。

SSSとの対話の際のヴェイユの発言などを見ると、谷山さんの言うとおりなのだろうと思います。
数学については、「ガウスのように始めよ」というアドバイスや、アイデアとは何かと問われて、フォックステリアの比喩を持ち出して応じる様子などを見ると、「もとの問題」への道をさえぎる「理論」の壁をやすやすと超越しているような印象があります。

この問題はSSSを悩ましていたことで、これを克服するために共同研究が提唱されたほどですから、ヴェイユの言葉は大きな衝撃をもって受けとめられたことと思われます。
 ヴェイユから学んだこととして、アイデアを明確に提出し(正確に定式化することではない)、それを具体的に根拠づけるという討論形式を谷山さんは挙げています。

アイデアの根拠づけというのは何を指してそう言っているのか、これだけではよくわかりませんが、ヴェイユのやり方を見ると、ヴェイユの言うアイデアの根拠づけというのは19世紀の数学者たち(正確には第一次大戦前と言うべきでしょうか)の思索から出発するということのような印象があります。
ヴェイユはそんなふうに数学をやってきた人でした。というよりも、むしろヴェイユはそのようにして今日の数学を新たに創造しようとしたというほうが正確なのかもしれませんし、さらに考えていくと、そのように思えるのは、第一次大戦以前に成立した数学が戦争の影響を大きく受けて崩壊したように見えることも関係がありそうです。

つづく