>>137 つづき

幾何学の歴史
Raussen and Skau: 貴方ははっきりと"幾何学への革命的貢献"に対する最初のアーベル賞受賞者です。ユークリッドの時代から、幾何学はいわば数学の"顔"であり、数学を書いたり教えたりする方法のパラダイムです。
19世紀初頭からガウス、ボーヤイ、ロバチェフスキーの研究以降、幾何学はものすごく拡張して来ています。その時以降の幾何学内でのいくつかのハイライトについて貴方の考えを話してくれますか?
グロモフ: 部分的回答と個人的見解を与えられるだけだ。大昔の時代の学科を人々がどのように考えたかを見つけることは非常に難しい。現代から見れば、数学的分野としての幾何学は世界で行う観測が引き金となった。
ユークリッドは観測を体系付ける方法の形を与え、数学への公理的アプローチとそれらから成立する事柄を作った。デザインされた要点を超えると全くうまく行かないことが発生した。特に平行線の公準の問題があって、人々はそれを証明しようと頑張った。
混合があった。すなわち、一方で世界を見る方法は唯一の方法であり、それを公理的に正当化しようとした。だが、うまく行かなかった。結局、数学者達は公理についての素朴な考え方から脱皮せざるを得ないと認識した。
公理はとても役立ったが、限られた方法内のみで便利だった。結局、それらを否定しなければならなかった。
こういうふうに数学者達はやった。この時点から、数学は違う方向に移動し始めた。特に数学を単に観察及び観察したことを定式化することから、直接には見えないもの(非常に不透明でしか見えないもの)を定式化することへ変えた人達の中にアーベルがいた。
現代数学は19世紀の初頭に形作られた。やがて、ますます構造的となった。数学は目で見えるものを扱うのみならず、ずっと根本的なレベルで物事の構造内で見るものを扱う、と私は言うだろう。
問題を現代的な言葉で定式化するなら、その時代の数学者達はユークリッド幾何の限界を理解しようと立ち向かった。限界は全く明白だ。しかし、この言葉を開発するために数世紀かかった。この研究がロバチェフスキー、ボーヤイ、ガウスによって始められ、違う分野ではアーベルとガロアによって始められた。

つづく