>>55 関連

共同研究重視のSSS(日本)と、共同研究否定のヴェイユ(仏)
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新数学人集団(SSS)の時代 ノート39 アイデア個人からのみ生れる 2017-02-05

日本には数学の伝統がないから共同研究が必要だというSSSの主張に対し、ヴェイユはガウスやヤコビの例を挙げて応じました。共同研究の意義を一蹴し、数学はひとりでやるものだと言っているかのような発言でした。
伝統の問題に続いて、国際会議の招待者の問題が話題にのぼりましたが、これは盛り上がりを見せませんでした。共同研究をめぐる議論ではSSSとヴェイユの考えは正反対でした。

SSS
20世紀数学の特殊性はいろいろあるが、そのひとつは、数学が細かく専門に分れたため、そのすべてを知ることが不可能になり、共同研究が不可避的になったことであると思う。

話の糸口として持ち出されただけのことで、だれもがそれはそうだと言いそうな発言ですが、ヴェイユは言下に否定しました。

ヴェイユ
そんなことはない。今でもシュヴァレーやデュドンネは数学全般に通じている。

SSS
しかしそれは彼らが全体にわたって指導性を持っているか否かとは別だろう。

ヴェイユ
もちろんそれは別問題だ。だが、20世紀数学も、19世紀またはそれ以前の数学と本質的には変ってはいないことはきわめてたしかだ。アポロニウスのころの本を読んでみれば、その当時の学生も現在と同じく、数学は相互に関連のない多くの部門に分れていて、そのすべてに通じることは不可能だと思ったに違いないことがわかる。

SSS
だが、われわれは共同研究が必要だと思っている。そこでブルバキの例を聞きたい。

つづく