専門家の多くが「まだ解決されていない」と思っている問題について、新聞報道が出たあと大衆が「解決された」ととつぜん信仰し始めるところに、専門家を遥かに凌ぐ大衆メディアの圧倒的パワーが見て取れる。
専門家は判断にプロとしての責任を感じるが、大衆は流れで騒ぐだけのお祭り感覚だからだろうか。

「真理を決めるのは新聞ではない」という当たり前のことに反論する大衆はおそらくいないのだと思うが、その一方で自分自信がやっていることは「新聞で真理を決める」ことに他ならない。何故こういった矛盾が容易に生じるのか。

最終的に解けている可能性は普通にあると思うが、解決を判断する基準とタイミングが完全に狂っていると言わざるを得ない。
新聞にニュース性はあっても真理性はない。論文誌にさえ完全な真理性があるわけではない。