>>451
関係ないけど、検索でヒットしたから貼る(^^
http://www3.mfour.med.kyoto-u.ac.jp/~htsukita/index.html#Anchor1013177
京大大学院医学部 月田研究室
http://www3.mfour.med.kyoto-u.ac.jp/~htsukita/new-pub/Tsubuyaki7.html
つぶやき〜7〜 4・1 2001中学入試における異様な体験
(抜粋)
この冬は、息子の中学入試で大変だった。普段あまり勉強の面倒を見てやれなかったので、年末の願書の提出から、1月10日から20日までの受験シリーズを徹底して付き合うことにした。実際、自分の息子の試験でもないと、現代の中学入試の実態を肌で感じることはできなかったであろうから、大学に身をおく教育者の端くれとして、ある意味では貴重な体験の日々であった。
なぜ、この私的な体験について「つぶやいて」みようと思ったのかというと、大体、大学の教職者の多くは子供を持ち、多くはこのような中学入試の実態を親として経験しながら、誰もこれが「変だ」と騒がないのが、「変だ」と思ったからでもある。

そういう僕も、神戸に生まれ育ち、「灘中高等学校」で6年間を過ごしたのであるが、僕が中学を受けた頃とは中学入試を取り囲む状況そのものが全く別物だと言ってよい。 それを如実に表しているのが、灘中学校にもっとも近い小学校である我が母校、魚崎小学校から灘中学校に受かる人数の変遷である。
僕が灘中を受けた頃は、大体クラスの上位の人が各クラスから一人ずつくらいは受かったように思うので、10人前後はもっとも近い小学校から灘中学校へ移ったのではなかったろうか。 

最近は、ほとんど、魚崎小学校から灘中へ行ける人がいないというのである。 曰く、灘中は昔と違って全国区なのですよ、と。 

 息子が入試会場に入ってから、保護者控え室というところに、論文の材料を詰め込んだカバンを持ち込み、コンピューターを広げて仕事をしようとした。 が、無理であった。 そこにいたのは、ほとんどが母親だったのであるが、その母親の間の会話が強烈で、こちらの耳がロバ状態になり、とても集中して論文書きが出来る状態ではなかったのである。
ある母親は、「XX中学は、去年は何点までが合格で何点までがその後の補欠合格だったし、##中学はそれが何点と何点だっし、++中学は何点と何点だったし−−−−−−」とすべてを諳んじていて、しゃべりまくっている。
つづく