では、m'=m+1 に置き換えることで、アホ主は何を示したつもりになっているのか?

実はアホ主は、固定されたmに対する特定の有限モデルそのものには注目していない
アホ主は、m=1,2,3,…に対応する有限モデルの「系列全体」に注目しているのであり、
その系列において m→∞ という "極限" を考えることで、時枝記事の反例が出来上がると
漠然とイメージしている

言うまでもなく、このイメージは意味不明であり、時枝記事の反例にはならない
また、m→∞ の "極限" という幻想に未だに囚われているところも呆れ返る