>>134

つづき

基礎の公理を放棄することは, 超限帰納法を駆使する集合論的数学の大きな部分について, そのような数学での結果を,ユニヴァースの well-founded part に制限したときに成り立つ結果と読みかえる,ということを余儀無くされることを意味します.
私には,基礎の公理を放棄することで, この「超限帰納法を駆使する集合論的数学の大きな部分を放棄する」という 大きな犠牲の代償となるような数学的な何かが得られるようには思えないのです.

参考文献
[1]J. Barwise and L. Moss, Vicious Circles. CSLI Lecture Notes 60, CSLI Publications, Stanford (1996).
[2]渕野 昌,構成的集合と公理的集合論入門,in: 田中一之(編) "ゲーデルと20世紀の論理学(ロジック) 第4巻,集合論とプラトニズム",東京大学出版会 (2007).
[3]渕野 昌,連続体仮説とゲーデルの集合論的宇宙(ユニヴァース), 現代思想,2007年2月臨時増刊号 (2007), 94-116. この記事に多少手を入れたものは ここ からダウンロードできます.
[4]M. Rathjen, Fragments of Kripke-Platek set theory with infinity, in: Proof Theory (Leeds, 1990), Cambridge Univ. Press, (1992), 251-273.
[5]S. Shelah, on the Arrow property, Advances in Applied Math 34 (2005), 217--251.

少し専門的になりますが, 基礎の公理は選択公理の不在のもとでは,ある種の弱い選択公理の substitute として使えるので,これも仮定しないときに何が言えるのかを調べることは, 基礎の公理が集合論でになっている役割を明らかにする, という観点からも興味のある問題となります.
たとえば,選択公理と Axiom of Multiple Choice は基礎の公理を仮定したときには同値になることが知られていますが (この証明に関しては Andres Caicedo の書いたよくまとまった学生向けのテキストがネットからダウンロードできます), 基礎の公理を落とすと同値でないことが consistent になることが, Fraenkel-Mostowski のモデルを用いて証明できます.
これを示すモデルが atoms を導入せずに作れるのか,というのは多分未解決の問題ではないかと思います.

以上