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つづき

■女性3人の特命チーム

希望の芽がなかったわけではない。イと向き合った日からさかのぼること3カ月前の2010年12月。シンは3人の女性からなる特命チームに指令を飛ばしていた。「ソーシャルなアプリを検討せよ」

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その年の5月にネイバーに入社したばかりの稲垣あゆみは、これから生み出す「ソーシャルなアプリ」が国民的なツールに成長するとは夢にも思わなかった。韓国人女性社員2人とともに始めたのが、すでに世の中にあふれ始めたSNSの研究だった。米国のフェイスブック、メッセンジャー、ワッツアップ、韓国で生まれたばかりのカカオトーク――。

「フェイスブックだけでつながっている小学生の時の友達って、実際にどれくらい近い存在なのか」。実際の人間関係をひとつずつマッピングして抽出していく。それを逐一、シンに報告する。シンは通勤の電車の中でラフスケッチを描き、出社するとデザイン担当に手渡す。すると稲垣ら3人にフィードバックされる。

■東日本大震災が転機に

「まるで社会学の調査のようでした」と振り返る稲垣。浮かび上がったのが、画像共有とメッセージという2つのサービスだった。「どちらかというと画像共有の方を優先して進めていた」というタイミングで、後のLINEにつながる決定的な出来事が起きる。ちょうどシンがイに弱音を漏らした翌日だ。

2011年3月11日午後2時46分。激しい揺れが東日本を襲った。東京・大崎の高層ビル23階にあったネイバーのオフィスも大揺れに揺れた。その日にソウルに行く予定があった稲垣は揺れが収まると非常階段を駆け下りてタクシーを拾い、羽田空港に向かう。東北の大惨事を知ったのはソウルについてからだった。

やはり大崎本社にいたシンも東京・用賀にいるはずの妻に電話したがつながらない。パソコン用メッセンジャーでようやく安否が確認できた。その時、「検索よりローコストで簡素なコミュニケーションが重要だと痛感した」という。

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つづく