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つづき

■大切な人とのつながりに重点

稲垣たちが進めていた「ソーシャル・アプリ」の研究。シンはここで重要な決断を下した。画像共有を止めて「自分が一番大切な人だけとつながるメッセージツール」の開発に集中することだった。

日本のインターネットの歴史を振り返れば、悲惨な大災害がテクノロジーを進化させるきっかけになった事例がある。1995年1月の阪神・淡路大震災だ。当時も電話網が寸断され、インターネットイニシアティブ(IIJ)が民放各社とNHKに情報共有サイトの開設を持ちかけた。
多くの人々がネットの力に気づく端緒となり、その年の11月にインターネット・エクスプローラーが搭載された「ウインドウズ95」が発売されると、ネット時代の幕が開いた。

東日本大震災が発生した当時も、すでに日本にはフェイスブックやツイッターが進出しており、ミクシィのSNSも広く使われていた。シンが差別化のために目指したのは、「一番身近にいる人だけとつながるメッセージツール」だった。

■時間との戦い

5月、舞台は東京に移る。後にLINEと命名される「みどりトーク」の開発チームが休日返上で動き始めた。稲垣とともに東京にやってきたコが命じたのが、「機能を必要最低限度に絞ろう」だった。ひそかに検討していたイラストによる「スタンプ」や無料電話、関連サービスは後回し。電話帳だけにひも付くシンプルで近しい人間関係だけを結ぶメッセージツール。それを世に送り出すことだけに集中した。

■LINE誕生
リリース日と定めたのが6月23日。
(引用終わり)
以上