つづき

「忘れられない1枚」と語る写真がある。2013年に東京・国立代々木競技場で開催された全日本選手権、男子フルーレ決勝の模様を写したものだ。この前年のロンドン五輪で太田とともに団体戦で銀メダルを獲得した千田健太と三宅諒が日本一をかけて戦った。
メダリスト同士の頂上対決。だが、スタンドに観客の姿はほとんど写っていない。この日の観客数は150人。写真が伝えたのは、4年に1度の五輪でしか注目されないマイナースポーツの悲しい現実だった。

https://www.nikkei.com/content/pic/20190414/96958A9F889DE6E1E1E5E3EAE6E2E2E7E2E6E0E2E3EBE2E2E2E2E2E2-DSXMZO4355929010042019000001-PB1-19.jpg
閑古鳥が鳴く2013年全日本選手権

■自ら稼げる協会を目指して

怒りにも似た危機感が太田の心をとらえていた。「僕らはずっとメダルを取ったら人生変わるぞ、メジャーになれるぞ、と言われ続けてきた。でも、僕がメダルを取っても国内の大会はいつもガラガラ。強くなれば見てもらえるというのは幻想で、大会そのものが変わらなければダメだと思ったんです」

太田自身、08年北京五輪で銀メダリストになり、人生が大きく変わったアスリートだ。同志社大の卒業時に競技活動に理解のある企業が見つからず、就職しないまま五輪を目指したことから、メディアなどで「ニート剣士」と呼ばれた。だが、メダルを獲得するとオファーが殺到。森永製菓への就職を発表した記者会見では、人目をはばからず涙した。

つづく