高校のときの英語の先生が京大英文科卒が自慢だが英会話のダメなひとだった。
英語ペラペラのひとが来たときは苦虫を噛み潰したような感じだった。
だから、受験英語の英文法に自分の存在価値を求めたのも無理はない。
受験オタクみたいなひとで息子は灘から東大理Vに行かせた。
完璧主義の神経質なひとで毎年がん検診を受けていたが、5,6十代でがんで亡くなった。