いやしくも最初は真理の探究を志していたはずの者が、仮に--あくまで仮に--確信犯的
にウソをついていたり、否応なしにそういう状況に追い込まれているんだとすれば
もうそれだけで本人にとっては十分な報いなんじゃないかな

一般人ならただの嘘つきで終わりだけど、学者はそこで生きているんだろうから