>>378 補足
コケコッコー(おれ)もレベル低いけど、おサルもほんと低レベルだな〜w(^^
必死の論点そらし、ご苦労さん

もう一度纏めます(^^
1)ヒトは、「同一視」と「同一」の区別ができる。おサルはできない。それに尽きるのかも
2)整数Zに合同(≡又はmod)を定義して、あるnによる同値類とその集合Z/nZを考える
3)Z/nZ = {0 + nZ, 1 + nZ, ・ ・ ・ , (n - 1) + nZ}である
4)各0 + nZ, 1 + nZ, ・ ・ ・ , (n - 1) + nZたちは、無限集合である
5)Z/nZは、剰余類環の表記と慣例により、各合同類から「標準的」(canonical) な代表元を選んで、
  Z/nZ = {0, 1, ・ ・ ・ , (n - 1)} と簡素に表記される
 (”=”は、「同一視」で、「同一」ではない)
  なお、Z/2Z = {0, 1} である
  正確に書けば、Z/2Z = {[0], [1]} で、[0], [1]は同値類。0, 1は、標準的な代表元である
6)だから、Z/nZから、合同による類別をやめれば、Zが復元できる
  この意味で、Z/nZには、Zの元が全て入っている(集合論の厳密な”∈”とは別の意味で)
7)Z/nZの中の任意の整数mと、Zの元の中の任意の整数mとは、対応が付く
  対応を、写像と考えることができる
8)繰返すが、ヒトは「同一視」と「同一」の区別ができる
  Z/2Z = {0, 1} の”=”は、「同一視」だが、これを完全に「同一」と思い込んでしまうのはおサルです(^^

(参考)
https://hiroyukikojima.hatenablog.com/entry/20140606/1402035822
hiroyukikojima’s blog 小島寛之
2014-06-06
「同じと見なす」ことの素晴らしさと難しさ
(抜粋)
この本には、複数のコンセプトが込められているのだけど、その中で非常に大きいのが、「同じと見なす」という数学固有のテクニックをこれでもか、というぐらいに徹底的に解説することだ。
「同じと見なす」ということを、数学の専門の言葉では「同一視」という。この「同じと見なす」という数学の手法は、高校までの数学ではほとんど表れない。

つづく