>>309 補足

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD
アンジェイ・モストフスキ
(抜粋)
アンジェイ・モストフスキ(Andrzej Mostowski, 1913年9月1日 ? 1975年8月22日)はポーランドの数学者。モストフスキ崩壊補題で有名。 オーストリア=ハンガリー帝国のリヴィウで生まれる。

生涯
1931年ワルシャワ大学に入学。クラトフスキ、アドルフ・リンデンバウム(英語版)、タルスキの影響を受ける。1939年博士号取得。公式にはクラトフスキに指導を受けたとされているが、実際には若かったタルスキから指導を受けていた。
彼はドイツのポーランド侵攻の後、会計士になった。しかし、隠れてワルシャワ大学で研究を続けていた。
1944年のワルシャワ蜂起の後、ナチスは彼を強制収容所に入れようとしたが、ポーランド人看護師の助けを借りて病院に逃れた。
食糧を持っていくため、研究成果の詰まったノートを置いていくしかなかった。戦後、その一部は彼が再構成したがほとんどは不明のままである。

彼の研究の大部分は再帰理論と決定不能性についてである。1946年からカナダのバンクーバーで死去するまで、彼はワルシャワ大学で研究を続けた。その時の研究の大部分は、一階述語論理とモデル理論である。

子息
彼の息子のタデウスも数学者になり、微分幾何学の研究している[1]。Krzysztof Kurdykaとアダム・パルシンスキーと共に、ルネ・トムの en:gradient conjectureを2000年に解決した。

https://en.wikipedia.org/wiki/gradient_conjecture
Gradient conjecture