>>896
C++さん、どうも。スレ主です。

>ギリシャ語の読解に比べたら数学なんてかわいいもの、という話をききました

正確には、”ε-δは苦にならなかった。厳密な言語訓練を積んできた賜物、量子化の順を替えると意味が変わる、云々(例えばトゥキュディデスの複文をほぐす作業に比べれば)おちゃのこさいさいだったのだ”ですね(^^;

https://kankyodou.blog.ss-blog.jp/2015-10-30-1
環虚洞:百学連環
「プロの数学者」になるには・・(時枝正ケンブリッジ大Trinity Hall 数学主任)2015-10-30
(抜粋)
数学まなびはじめ 第3集
作者:
出版社/メーカー: 日本評論社
発売日: 2015/07/23

上智大学でギリシャ人J.Roussosに師事、古典語(ギリシャ、ラテン、ヘブライ)を専攻した。当時日本には18歳未満大学に入れるべからず、というきまりがあり、目をつぶってくれたのは上智だけだったのである。p192

ひょんなめぐりあわせからランダウの伝記を繙いた。

ロシア語の著者名、問題集の表題が示されてあるのだが、引用不可。総問3084あるという。

言語が商売のてまえ、ロシア語だっておどろかない。一冬投資、ロシア語を学びながら 取り組んだ。毎日7、8時間がんばった。なぜあんなに熱中しえたか不思議である。約1/3進んだ一節で  ∫ dx/sinx=1ntg x/2 が求まるようになったが、勢いにのって進み(ロシア語と数学同時に進歩するので2乗に加速する)、余寒すぎにはいつしか問題数十を余すのみとなり、ロシア語もすらすら読めるようになっていた。

この期に及び私はふたつの事実に勘づいた。

@)自分はこの手の問題がけっこうできる。
A)しかしどうも数学にはこの手の問題があるらしい・・・

次の秋、私は数学の学部課程を正規に修むべく、British Councilの奨学金を懐に、オックスフォードに学士入学した。

ε-δは苦にならなかった。厳密な言語訓練を積んできた賜物、量子化の順を替えると意味が変わる、云々(例えばトゥキュディデスの複文をほぐす作業に比べれば)おちゃのこさいさいだったのだ。数学教育の難しさのかなりの部分は、学習者の言語的未熟が元凶ではなかろうか。もっとも教科書にも悪文が多い。苦になったのはむしろ組合せ論的技巧。10代の訓練が不十分だったせいであろう。
p196