>>28
蛇足は要らないだろうが、書いておくと

パンルヴェ先生のも、上記の600pの大作で
Stockholm 講義録 1895年 だとか

日本人が、苦労して読み解いて、
”代数幾何学の言葉で表現することに成功した.(梅村浩)”そうな

「600ページにせまる大作が読めないと皆が言っていた」ところが
IUTそっくりさんですねw(^^;

Stockholm 講義録だから、査読もくそもない
Painleve 全集に載せて何が悪い!

査読があろうがなかろうが
有名雑誌に掲載だろうが 個人の全集だろうが、プライオリティについては、扱いは全く同じです

IUTに ついても同じ。PRIMS掲載を止めたところで、問題は全く解決しない
問題を解決するには、IUTを潰すか認めるか、二択しかないのです

「読めないと皆が言っていた」ことを、すっきりと”代数幾何学の言葉で表現することに成功した”というのは、立派な研究ですが
IUTも、そうなるかもね(^^

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A7
ポール・パンルヴェ(Paul Painleve, 1863年12月5日 - 1933年10月29日)は、フランスの数学者、政治家

1887年に高等師範学校で博士号を取得して、リール大学の教授を務めた。動く特異点を持たない方程式の分類に関する研究からパンルヴェ方程式と呼ばれる方程式のうち3つを発見した
この分類には見落としがあり、後に弟子のベルトラン・ガンビエ(Bertrand Olivier Gambier, 1879年 - 1954年)によりさらに3つの方程式が発見され、併せて6つの方程式がパンルヴェ方程式と呼ばれている

その後、パンルヴェは共和主義社会党から政界に入り、1917年と1925年に首相に選ばれるなどし、数学から離れていった

ガンビエなどの後継者も他分野へ移るなどして、パンルヴェ方程式自体の研究は廃れてしまったが、1973年に呉大峻(T.T.Wu)達によるイジング模型の研究に現れて以来注目され、現在非常に活発に研究されている分野の一つに成長している

日本でも岡本和夫を中心に解析学の範囲を超えた幅広い研究がなされている

息子に科学映画監督のジャン・パンルヴェがいる。他にポール・パンルヴァに因んで命名された小惑星(953)パンルヴァがある